遥か昔より、人々が往来してきた「道」。 一群の人々が通り過ぎるたび 文化が生まれ、歴史が築かれてきました。 四国歴史文化道。 美しい自然のなかで受け継がれる ふるさとの道を訪ねます。
四国歴史文化道とは
四国は、古くから、奈良の都につながる南海道や海上交通の大動脈瀬戸内海などによって各地と盛んな交流を行い豊かな文化を育むとともに、空海ゆかりの四国霊場八十八ヶ所など心のやすらぎを感じさせる独自の風土を生み出しています。
また、阿波おどりをはじめとする伝統あるエネルギッシュな祭りも数多く、さらに明治維新など歴史の節目には日本を動かす幾多の歴史的人物を輩出してきました。
「四国歴史文化道」は、官民が一体となって四国各地域に点在する歴史的文化遺産を結ぶ道路網を整備し、より多くの方々にこうした四国の歴史・文化に触れて親しんでいただける環境づくりに取り組んでいるものです。





ひうち灘歴史文化道
愛媛県から香川県にかけての瀬戸内海ひうち灘に面するこの地域は、西条のだんじりや新浜の太鼓台、豊浜のちょうさなど、江戸時代から続く勇壮な秋祭りが盛んで、伝統文化の豊かさを感じさせます。また、元禄時代から掘り続けられた別子銅山跡や、日本の石積みダムの先駆けとなった豊稔池ダムなど、産業近代化への足跡を示す貴重な遺産が残されています。
■ 西条まつり(10月31日OA)
毎年10月14日〜17日の4日間、伊曽乃神社をはじめ3つの神社で行われます。発祥は200年以上も前で、あわせて120台あまりのだんじりや神輿、太鼓台などが勇壮に町を練り歩き、加茂川などに勢ぞろいします。神社へと続く道をまつり囃子が通り過ぎると町は本格的な秋を迎えます。
■ さぬき豊浜ちょうさ祭(10月24日OA)
大勢の若者が金糸銀糸の刺繍で飾られた20台を超えるちょうさ(太鼓台)を引いて、掛け声とともに町内を練り歩きます。
五穀豊穣や豊漁を祈願する神事として約170年前に始まったと言われています。 毎年10月の第2日曜日にかけて、3日間開催されます。
■ 新居浜市(別子銅山跡、マイントピア別子)(10月17日OA)
別子銅山跡地の端出場地区には、銅山の歴史を紹介する施設があり、日本初の鉱山鉄道や、昔の採鉱作業などを再現しています。また、採鉱本部が置かれた東平地区には、往時の様子を伝える歴史資料館などが整備されています。
■ 四国中央市(川之江城、紙のまち資料館)(10月10日OA)
川之江は伊予三島と並ぶ紙の産地です。「紙のまち資料館」では紙作りの歴史や生産工程がわかる展示室やはがきなどの紙すきが体験できる手漉き実習室、水引細工や絵手紙などのペーパークラフトの楽しめる学習室などもあります。
「川之江城」は、別名「仏殿城」ともいい、伊予(愛媛県)の東端に位置します。この地は、昔も今も変わらぬ交通の要所であるため、古くから数々の攻防・落城の歴史を刻みました。南北朝動乱の頃の1337年、南朝方の河野通政の砦として、土肥義昌が鷲尾山(城山)に築城しました。その後、戦乱の只中にあって、めまぐるしく領主がかわるなどしました。城址は、現在城山公園として整備されており、天守閣からの瀬戸内海の島々の眺望は一見に値します。
■ 観音寺市(一夜庵、銭形の砂絵、有明浜)(10月3日OA)
「一夜庵」は、室町時代に俳諧の山崎宗鑑が京都から移り住んだ庵で、来客に一夜以上の滞在を許さなかったという歌からこのような名が付きました。利休以前のまだ茶道の作法が確立されていない頃の日本最古の茶室としても知られています。
広々とした「有明浜」の砂浜の中にある銭形は江戸時代に藩主の領内視察を歓迎して一夜で彫り上げた巨大な銭形の砂絵です。国立公園の琴弾公園内にあり、東西122m、南北90mにも及びます、夜はライトアップされ幻想的な風景が浮かび上がります。