遥か昔より、人々が往来してきた「道」。 一群の人々が通り過ぎるたび 文化が生まれ、歴史が築かれてきました。 四国歴史文化道。 美しい自然のなかで受け継がれる ふるさとの道を訪ねます。
四国歴史文化道とは
四国は、古くから、奈良の都につながる南海道や海上交通の大動脈瀬戸内海などによって各地と盛んな交流を行い豊かな文化を育むとともに、空海ゆかりの四国霊場八十八ヶ所など心のやすらぎを感じさせる独自の風土を生み出しています。
また、阿波おどりをはじめとする伝統あるエネルギッシュな祭りも数多く、さらに明治維新など歴史の節目には日本を動かす幾多の歴史的人物を輩出してきました。
「四国歴史文化道」は、官民が一体となって四国各地域に点在する歴史的文化遺産を結ぶ道路網を整備し、より多くの方々にこうした四国の歴史・文化に触れて親しんでいただける環境づくりに取り組んでいるものです。





土佐維新歴史文化道
太平洋に臨む高知県(旧土佐国)は、幕末から明治にかけて、坂本龍馬、板垣退助、岩崎弥太郎など近代日本の草創期に大きな足跡を残した偉人たちを数多く輩出しました。明るく開放的な南国情緒に満ちたこの地域には、江戸時代から続く日曜市や土佐の美味食材が豪快に盛られた皿鉢料理など、独特の歴史・文化が色濃く残っています。

■檮原街道(ゆすはらかいどう)(2006年5月30日OA)
檮原街道は、土佐と伊予を結ぶ重要な路線として古くから栄え、幕末には、坂本龍馬を始め多くの土佐藩士が脱藩していった道です。この道を20歳前後の土佐の若者達が、続々とたどり、京を、江戸を、長崎を目指しました。そして彼等の多くは維新を待たずして、若き命を落としていったのです。司馬遼太郎の『街道をゆく』、『竜馬がゆく』でも有名なところです。現在は、ほぼ真下を国道197号線が通り『野越トンネル』が抜けています。今でこそ車であっという間に通り過ぎることができますが、連続して峠が連なり、峠から谷底へ駆け下りたかと思えば、また次の峠が現れるといった険しい地形です。
■安芸市 土居 野良時計(2006年5月23日OA)
安芸市郊外ののどかな田園風景の中に溶け込んだ土居の野良時計は、高知を代表する風景の1つといっても差し支えないでしょう。明治20年頃にこの土地の地主であった畠中源馬が小さな舶来の時計をたよりに、何度も分解と組み立てを繰り返しながら、部品一つ一つから手作りで制作したものです。(野良時計は外からのみ見学できます)
■安芸市 土居廓中(どいかちゅう)
安芸市内には『土居廓中』という、藩政時代の武家屋敷が残っています。土居とは土塁に囲まれた領主の館であり、廓中は家臣団の屋敷のことです。江戸期に山内家の重臣五藤家の家臣団が住まいした一画で、一部は一般に公開されています。現存する屋敷で最も古いのは1830年頃建てられたもので、長押に槍をかけた部屋や武者隠しなどがあります。
■高知市 高知城(2006年5月16日OA)
関が原の戦いの功績により、徳川家康から土佐一国を拝領した山内一豊は、慶長6年(1601年)大高坂山に新城の築城工事を始め、慶長8年(1603年)に城の大部分が完成、入城しました。享保12年(1727年)城下町の大火で追手門以外の城郭のほとんどを焼失しましたが、宝暦3年(17553年)までに創建当時の姿のまま再建されました。その後は、自然災害や明治維新による全国的な廃城の嵐、太平洋戦争など幾度となく襲った危機を乗り越え「南海道随一の名城」と呼ばれる優美な姿を現在まで残しています。
■高知市 桂浜(2006年5月9日OA)
土佐湾に沿って海岸を走る、約3kmの「花街道」をたどると桂浜に着きます。桂浜には「五色石」と呼ばれる5色の珪質岩(けいしつがん)を見つけることができます。桂浜には坂本龍馬像があり、また背後の山を登ったところにある坂本龍馬記念館には、直筆の手紙など龍馬にまつわる品々が展示されています。
■高知市 日曜市(2006年5月2日OA)
300年の歴史を持つ「日曜市」は高知城の追手門から東に約1km続く追手筋で毎週日曜に開催されます。よく朝市と間違われますが、高知の日曜市は日の出から日没まで開かれており、海産物や果物を始め、手作りの和菓子などさまざまな品物が取り扱われ、人情あふれる素朴さで土佐の風物詩となっています。