ふるさとの自然 みずべの風景 江戸の情緒漂う歴史港
江戸の情緒漂う歴史港
【手結港】
手結港(内港)は、江戸時代初期(1652年)に土佐藩家老 野中兼山の指導により建設された日本最古の堀込港(陸地を人工的に掘って造った港)で、現在もその形をとどめており、土木技術面での高い歴史的価値をもつ史跡として評価されています。
兼山は四国山脈の材木を積み出すための人工港を作ろうと考えて、当時砂浜が広がっていた手結港に目をつけ、3年がかりで港を完成させました。兼山はその後室戸までの間に室津港、津呂港(現在の室戸岬漁港)も同じやり方で完成させていきました。手結港は南北112m、東西49m、これは当時としては相当に大規模なものです。外海への突堤は防波堤としてだけではなく、物部川から流れてくる砂を防ぐ役割も果たしていました。
 手結港の入り口には、平成14年9月に手結港可動橋(正式には高知県手結港臨港道路可動橋)が完成しました。可動橋は長さ約32mで、開閉時間は約6分かかります。1日のうち約8時間だけ渡ることができます。

【野中兼山】
野中兼山は、江戸時代初期に土佐藩の総奉行として二代目藩主山内忠義に仕え、30年間にわたって政治を司り、新田の開発とそれにともなう用水路の建設、港湾整備などの土木工事、産業の振興と専売制による藩財政の強化策など、画期的な政策を次々と導入して、幕末まで続く土佐藩の礎を築きました。
特に郷士制度の創設と関連した大規模な新田開発事業は、総面積2700町歩(約2670ha)に及び、そのために領民の負担も大きかったようです。また謹厳で激しい性格と強引な行政手腕から敵も多く、1663年に三代藩主忠豊の弾刻を受けて兼山は失脚し、3ヵ月後に幽閉のまま没しました。




製作:株式会社WIZard 製作著作:KSB瀬戸内海放送
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ヤ・シィパーク ヤ・シィパークは土佐黒潮鉄道夜須駅前にある、平成14年6月にオープンした総合レクリエーション施設です。手結海水浴場、ヨットハーバー、道の駅夜須、各種飲食施設、直販所などが揃っています。ヤ・シィパークの名前は、夜須町の「ヤ」と海を意味する英語のseaの「シー」、そしてパークの中央広場に植えられているワシントン椰子にちなんでつけられました。農水産物直販所では、生産者から直送された新鮮な野菜、水産物、農産加工品を提供しています。
大蛇藤 香我美町にある大蛇藤は、樹齢は 300年といわれ、藤の幹周りは1mを越える大きな藤の大樹です。その幹が大蛇のように曲がりくねっていることから大蛇藤と名付けられました。毎年5月中旬には見頃を迎えます。
この大蛇藤の下にあるうなぎ淵には大蛇が棲むという伝説があります。この淵より上流100mの家の下まで大蛇の洞窟が続き、この大蛇が動くたびに家のイロリの灰が増えたり減ったりしたということです。