ふるさとの自然 みずべの風景 黒潮打ち寄す 南国の岬
黒潮打ち寄す 南国の岬

製作:株式会社WIZard 製作著作:KSB瀬戸内海放送
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四国巡礼は中世に始まったといわれている。長い年月を経て今日まで、遍路の旅は続いている。最御崎寺、金剛頂寺、津照寺の三つの霊場のある室戸はその全域が、いうなれば、巡礼の聖地である。
室戸岬は土佐湾に突出した特異な地形から、『補陀洛渡海』の聖地として崇められてきた。『補陀洛渡海』とは、観音菩薩の住む聖地のこと。空海が御厨人窟で修行をしている時、明けの明星が口から入って身体を貫くという不思議な体験をして悟りをひらき名を空海と改めたことはあまりにも有名な話であ。この地には、空海ゆかりの『行水の池』や、『目洗いの池』がある。
また、室戸岬は、亜熱帯植物の宝庫として、地質学上の貴重な資料として知られる。室戸岬の見所は多くある。空海が灌頂の会式を行ったと伝えられる、清らかな灌頂が浜。月の名所の月見が浜。そのふたつの浜の途中に奇岩、『牛角岩』と、『子授けの岩』がある。婦女子が蜂の巣のように開いた穴に小石を投げ入れると子宝をさずかると伝えられている。

【室戸岬灯台】
1899年四月一日初点灯以来、1999年四月一日で
点灯100周年を迎えました。
日本最大級のレンズをすぐ間近で見ることができます。
ここからもちろん、初日の出を見ることができます。
ただし、スペース的に狭いので、多くの人が一度に見るのはむずかしいかと思います。
撮影する時は24ミリ程度の広角レンズを使い、逆光になるので、必ずストロボを発光させましょう。
記念撮影にはいいのですが、灯台で作画しようとするには、少し無理があるかもしれません。第一に、灯台との距離が近すぎます。それから、防護柵が邪魔になります。超広角レンズを使って背景の雲と空で作画する方法もありますが、灯台とのバランスがよくありません。
この写真の撮影当日は、冬至の翌日で、朝日と灯台で作画しようと思ったのですが、朝日と灯台のバランスがよくありません。ここは、記念撮影をする場所だと割り切ったほうがいいでしょう。

【御厨人窟】
弘法大師が悟りを開いた場所。
 この場所で大師は明けの明星が口から入り身体を貫くという不思議な体験をする。
 この体験の後、弘法大師は名前を「空海」と名乗る。
 なぜ大師が「空海」と改名したのかは御厨人窟前からの光景を見れば誰でも理解するだろう。
 圧倒的な空と海の光景はそれを見る者の心身を浄化する。
 室戸岬の日の出を見るポイントはいくつもあるけれど、御厨人窟前から見る日の出ほどありがたいものはない。
是非一度、この場所からの日の出を見ていただきたい



 
 
近隣のおでかけスポット

余島周辺マップ
御三戸 石鎚山の南麓に発する面河川の清流は、東川など多くの支流を合わせながら西に向かい、御三戸(みみど)で久万川と合流した後、今度は高知側へと南下し、仁淀川と名を変えます。その御三戸にあるのが、その姿から「軍艦岩」の別名を持つ御三戸嶽。久万高原町のシンボルとして、町民はもちろん観光客を楽しませてくれます。
 付近は山が美しく水の澄む絶好の景勝地で、夏は涼を求めて訪れる人々がボート遊びやキャンプを楽しめる御三戸遊園地もあり、週末には観光客で賑わっています。また遊園地に隣接する「みみど公園」も春には桜の名所となっています。四季折々に訪れる文人墨客も多く、昭和46年名勝地として愛媛県の指定を受けています。
 明治36年のころ、石丸富太郎らの努力によって面河渓が広く天下に知られるようになってから、「御三戸嶽」はその玄関口として存在価値を一段と高めました。高さ37メートルほどの石灰岩は長い地質年代の風雪にさらされて奇岩絶壁となり、その特有の肌色と浸食の面白さに加えて、岸壁にまといつく蔦、生い茂る老松・古柏、その他の落葉樹が調和の美を見せています。また、太陽光線と水の色が呼応して岩肌の色が一日に七変化するといわれ、「七面鳥岩」とも呼ばれています

面河川と久万川の合流点に、石灰岩が水中から突起し風化したため奇岩絶壁となった「御三戸嶽」があある。「御三戸嶽」は高さ37m、幅が137mもあり、頂上に老松が茂り、軍艦のように見えることから、別名「軍艦岩」とも呼ばれ、美川村のシンボルとなっている。

久万美術館 久万町出身の実業家、故井部栄治氏収集のコレクション寄贈を受けた久万町が、これを収蔵展示することを主目的に、昭和63年に建設、平成元年3月に開館した、木造建築の美術館です。明治末から昭和初期にかけて日本洋画壇で活躍した村山槐多や萬鐵五郎、岸田劉生などの作品が収蔵されています。
(久万高原ふるさと旅行村)
歴史ある農山村の暮らしを再現し、旧民家、辻堂、土蔵を移築し、山村歴史館、炭焼き釜、水車小屋、手作り館を整備しています。その施設を利用して「こどもまつり」、「秋まつり」等のイベントを開催しています。また、滞在型レクリエーション施設として、ケビン(貸別荘)、キャンプの他トリムコース、自然遊歩道、野外イベントのできるお祭り広場、久万高原天体観測館(プラネタリウム、天文台)があり、家族連れ、グループ、団体等の保養、合宿、イベントに利用されています。特に林間に設置したケビンは人気が高く、多くの方に利用されています 。
赤蔵ケ池 スキー場を中心とする大川嶺連山と面河川を距てて対峙する東の高知県境に連なる猿楽一帯に、伝説につつまれた赤蔵ヶ池があります。赤蔵ヶ池の大きさは周囲575メートル、面積1万470平方メートル。この池は久万高原町の沢渡・二箆・筒城の山頂にあって湧水による自然の池で、水は農業用水に使われ、四国でも珍しいジュンサイが生育しています。池の周囲は雑木林で四季折々の変化がありますが、池は常に蒼然と不気味に静まりかえっています。
 また、赤蔵ヶ池の名前について、古書には「鴨住ヶ池」、「阿蔵ヶ池」または「遊ヶ池」といろいろに記されています。
 源三位頼政が退治した怪獣(ぬえ)はこの地に棲み、雲に乗って京の空へ往来していたと伝えられています 。