ふるさとの自然 みずべの風景 海岸は奇岩のギャラリー
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【サンポート高松】
高松は江戸時代から四国と本州を結ぶ海上交通の要衝として発展してきました。瀬戸大橋や高速道路網が整備された現在でも、本州などとのフェリー便が多く発着しています。平成14年実績で見ると、高松港の入港船舶隻数は約7万6千隻で全国2位、船舶乗降人員は2,314千人で全国6位となっていて、依然として地域の交通や物流の拠点であることに変わりありません。

【サンポート高松と高松シンボルタワー】
サンポート高松は、JR高松駅や高松港周辺に整備された四国の新しい玄関口です。ここはかつて国鉄操車場や宇高連絡船乗り場などがあった場所ですが、10年以上の歳月をかけて再開発が行われて、陸海の交通ターミナル施設やコンベンション施設、商業施設など多彩な都市機能が集結したウォーターフロント地区として生まれ変わっています。また瀬戸内海に面したエリアには、海に親しむ遊び場や遊歩道、海を望むレストランなども整備されていて、朝夕を問わず市民の憩いの場として賑わっています。
高松シンボルタワーは、サンポート高松の中核施設です。四国一の高さ(151m)を誇るタワー棟とホール棟で構成されていて、1,500席の大ホールと二つの小ホールを備えた市民会館やeトピアかがわなどの情報発信施設、民間企業の入るオフィスフロア、個性豊かなレストラン&ショップがあるマリタイムプラザなど多様な機能を備えています。

サンポート高松の公式サイトはこちら (http://www.sunport.or.jp/)


製作:株式会社WIZard 製作著作:KSB瀬戸内海放送
Movie 300Kbps Movie 1Mbps
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近隣のおでかけスポット

余島周辺マップ
玉藻公園(高松城址) サンポート高松のすぐ南隣に、玉藻公園(高松城址)があります。「讃州讃岐は高松さまの 城が見えます波の上」とうたわれたように、この高松城は、北側が瀬戸内海に直接面し、残り三方の濠に海水を引き入れめぐらした水城で、天正18(1590)年讃岐に入封した生駒親正によって築城されました。城の設計を担当したのは、豊臣秀吉の知恵袋として名高い黒田如水で、日本三大水城の一つとして有名です。生駒家四代の後、寛永19年(1642)、黄門様で知られる水戸光圀の兄・松平頼重が藩主となり、以降十一代にわたる松平藩の居城として明治維新まで続きました。
その高松城址は、万葉以来の讃岐の枕言葉である「玉藻」をとって玉藻公園と名づけられた公園として市民の憩いの場となり、春は桜、秋の菊花展、植木市、お茶会などが開催されています。現在も残る重要文化財の艮櫓、月見(着見)櫓、続櫓、渡櫓などが往時の姿を偲ばせてくれます。
栗林公園 栗林公園は、高松藩12万石が残した回遊式大名庭園で、高松を代表する観光地の一つです。栗林公園の歴史は古く、江戸時代初期(1630年頃)に生駒高俊が南湖一帯を造園し、別荘を建てたのに始まります。その後、松平頼重が本格的な造園に着手、五代松平頼恭までの約100年の時をかけて現在の南庭が完成しました。
75万m2の広大な園内は、小堀遠州流といわれる池泉回遊式庭園の南庭と明治時代の庭園の雰囲気を宿す北庭に分かれ、その完成された美しさは三名園と称される水戸の偕楽園、金沢の兼六園、岡山の後楽園をしのぐと言われるほどで、昭和28年には特別名勝の指定を受けています。