白猪の滝は、重信川の支流のひとつ表川の水源に近い白猪峠のふもとの渓谷にあります。高さが96m、3段もの滝を水が流れ落ちる姿は自然の偉大さを物語ります。白猪の滝の名前は、南北朝時代の武将河野氏が戦いに敗れて非業の死を遂げた後、河野氏の霊が山中から白猪に乗って現れた伝説からきているようです。
この滝は、春には山吹や藤の花、新緑と水のせせらぎが爽やかな夏の風景や、紅葉に彩られた秋の風景など、四季折々それぞれに美しい景色を見せてくれるが、その中でも特に美しいのが冬の風景です。厳しい寒さが数日続くと、滝の水が凍りついて、滝全体がシャンデリアのような幻想的な氷の城になります。
【子規と漱石の足跡】
正岡子規は、東京帝大に入学した翌年、松山に帰省した際に、太田柴洲らとともに白猪の滝を訪れています。
「見渡せば 雪かとまがふしらいとの 滝のたえまは 紅葉なりけり」 明治24年秋 子規
夏目漱石も松山中学在職中の明治28年,愚陀仏庵で子規と同居していた2カ月あまりの期間の後、10月に子規が東京に帰った翌月に白猪の滝を見物に来ています。
「雲来り 雲去る 瀑の紅葉かな」 漱石
また唐岬の滝にも漱石の句碑があります。
「瀑五段 一段ごとの 紅葉かな」 漱石
|