
|
|
|
| ※300Kbpsはどなたでも、1Mbpsはピカラ会員様限定でご覧いただけます。 |
| コンテンツの視聴にはWindowsMediaPlayer9以上が必要です。 |
| ダウンロードはこちら⇒ |
 |
 |
|
 |
【宇和海】
宇和島から国道56号線を南下し、県道37号宇和島下波(したば)津島線を西に乗り入れると、すぐに見えてくるのが四国最大の日本庭園「南楽園」とバードアイランドやサーキットが楽しめる津島プレーランドです。ここからさらに西へ行った下波地区では、真珠の養殖いかだが整然と並ぶ景色を目にすることができます。 下波から北に行った遊子にかけての海岸は、養殖いかだと沖合に浮かぶ黒島、御五神島(おいつかみじま)などの大小の島が浮かぶ風景は美しいものです。とりわけ宇和海に沈み行く夕陽が映える時分には、息をのむほどの光景が広がります。
【遊子の段々畑】
下波から宇和海沿いを北に行った遊子・水荷浦(ゆす・みずがうら)には、日本農村百景や文化的景観保護地区などに選ばれた段々畑があります。現在まで残っている段々畑は一部のようですが、ここまで築きあげた先人の努力と、現在まで維持している人たちの努力に思わず心を打たれる壮大な風景です。 地元に残る資料からは、遊子地区の段々畑は、江戸自体初期の元禄年間頃には開墾が始まっていたと考えられています。当時宇和島藩は、乾燥肥料として需要が高まりつつあった乾鰯(ホシカ)の原料である宇和海のイワシ漁を奨励していたようですが、その反面漁民が自給自足するために、段々畑の開墾が進んだという説があります。 また幕末から明治にかけて、段畑に合う甘藷(かんしょ、さつまいも)が入ってくるとともに網元・村役人層が没落して山林の開放が進んだ時期や、第二次大戦後の食料不足時にも段畑は拡大したようです。こんな過程をたどってきた段々畑も今や水荷浦に残るのみとなっています。 |
| |
|