空海のいた四国
空海がいた四国 満濃池(香川県まんのう町)
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恋慕すること 父母の如し
降雨が少ない香川県には、全部で1万6000以上の溜め池があるという。その中で最大、というよりも日本で最大の農業用溜め池が、貯水量1540万立方メートルの満濃池(まんのういけ)だ。この池は大宝年間(701〜704)に国守・道守朝臣(みちもりのあそん)が建造したといわれている。金倉川を塞き止める大工事によって造営されたのだが、弘仁9(818)年に堤防が決壊してしまう。弘仁11(820)年までに路真人濱継(みちのまびとはまつぐ)らが改修工事にあたるが、池の大きさが災いして工事の進捗ははかばかしくない。圧倒的に人夫の数が少なすぎたのだ。そこで郡司らは空海を築満濃池別当(工事責任者のようなものか)として迎えたいという願書を提出。弘仁12(821)年5月27日には太政官符(だいじょうかんぷ)が下り、空海はすぐさま現地へと派遣された。それまで難儀した改修工事だが、何と空海は往復の旅程を含めてわずか3ヶ月(一説には9ヶ月)で改修工事を完成させた。
満濃池を訪ねた。対岸が見渡せるので、海というと言い過ぎになるが、それでもちょっとした入り江を思わせる規模。ましてやこれが人の手によって造られたとなると感慨もひとしおだ。路真人濱継らが数年かけても成し得なかった大工事を空海がわずか3ヶ月で完遂したというのは、裏返せば空海を慕い、工事を手伝う人の数がそれだけ多かったということを物語っている(記録によれば38万人を動員したとか)。また空海は、工事を円滑に進めるために堤防をアーチ状にして水圧を抑え、岩盤を掘り下げて樋を設けるなど、設計面でも工夫を凝らした。人々から大変慕われ(それは願書の文面からもうかがえる)、素晴らしい理論と実践でそれに応えた空海。今、全国区の知名度を誇るさぬきうどんも、元を正せば空海が唐から製法を持ち帰った麺がルーツになっているとも言われる。空海が62歳にして高野山に入定して1173年の時が過ぎた今もなお、人々は「南無大師遍照金剛」の名を唱えながら道を求める。
弘法大師空海は、生きているのだ。(提供:四国旅マガジン GajA)
空海が様々な工夫を凝らしてつくったとされる満濃池。日本で最大の農業用溜め池である。
今回紹介した場所
満濃池
- 住所:香川県仲多度郡まんのう町神野
- 問合せ:まんのう町役場土地改良課:0877-73-0121















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