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観る・学ぶ
お堀に鯛が泳ぐ高松市のシンボル/高松城(玉藻城)

掲載日:2013/10/02

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高松城の歴史は、1587年(天正15年)に生駒親正(いこまちかまさ)が豊臣秀吉から讃岐一国17万6千石を与えられたことから始まる。翌1588年(天正16年)、築城に着手し、数年の歳月を費やして完成となった。生駒氏の治世は4代54年間続く。

1642年(寛永19年)に、徳川家康の孫で、徳川光圀(水戸黄門)の兄にあたる松平賴重が東讃岐12万石の城主として入城。松平氏の治世は11代228年間にわたり、高松は松平氏の居城として栄えた。

明治に入り、版籍奉還により廃城。その後、1954年(昭和29年)に高松市が譲り受け、翌年から一般に開放されて現在に至る。そんな高松城の「今」と「これから」を取材した。

全国でもここだけ!お堀に海水を引き入れた水城

高松市民には「玉藻城」という愛称で親しまれている高松城。北は瀬戸内海、三方に堀をめぐらし海水を引き入れたこのお城は「日本三大水城」のひとつとして有名で、完全に海水を掘に取り入れたお城は、この高松城だけである。

入城してお堀に目をやると、思ったよりたくさんの鯛が泳いでいて、結構びっくりさせられる。この鯛にエサをあげると願いがかなう「鯛願城就(大願成就)」というしゃれのきいたアトラクションも人気となっている。

また、お城のすぐ横に高松市民の足である私鉄「ことでん」のホームがあり、お城から駅で電車を待つ人たちが見えるのも、ちょっと面白い光景である。


鯛

復元できれば「四国一」の天守閣!

高松城一帯は玉藻公園として整備され、園内には国の重要文化財に指定された「披雲閣」など、歴史的に価値のある建物もあり、見どころが多い。ただ、残念ながら天守閣は1884年(明治17年)に老朽化により取り壊された後、再建されていない。

現在、高松城本来の歴史的、文化的価値を高めることにより、貴重な文化遺産として後世に継承し、地域経済の活性化を図るために、天守閣の復元を目指している。その一環として平成17年度から行われていた高松城天守台石垣修復工事は、平成24年に完了した。

今後、天守閣復元に向けての動きが注目されるところであり、完成すれば、四国一の大きさを誇る天守閣となる模様。そうなれば今よりもっとたくさんの方が訪れる高松市の観光名所となることは間違いない。


天守閣

多彩なイベントで来場者も増加中!

より多くの方に高松城の良さを知ってもらうため、平成18年度からコンサートや野外映画上映会など、多彩なイベントが開催されている。また、瀬戸内国際芸術祭の期間中は夜間無料開放も実施しており、その効果もあって来場者も増加中で、平成24年度には約17万5千人もの方が来場された。

玉藻公園管理事務所の岡所長は「せっかく身近にこんなに素晴らしいものがあることを、もっと多くの方に知ってもらいたい。」とおっしゃられた。(ちなみに、岡所長の着ているTシャツには、高松城のしゃちほこをデザインしたキャラクター「TAMAMOn」がプリントされていて、1枚1,000円で販売されている。こんなかわいいグッズも販売されていること、皆さんご存知でしたか?)


所長

高松市のシンボルはこれからも愛されて・・・

高松城は「ひこにゃん」で有名な彦根城と1966年に姉妹城縁組(第11代藩主頼聰の奥方として、彦根藩主であった井伊直弼の次女千代姫が輿入れしている縁から)をしており、50周年にあたる2016年には、ひこにゃんも呼んでお祝いのイベントも計画中とのこと。

天守閣の復元やこれら楽しいイベントによって、ますます市民に愛される高松城。これからも目が離せない。


外観

※本記事は2013年9月24日取材時の情報です。

スポット情報

住所 高松市玉藻町2番1号
電話番号 087-851-1521
URL http://www.tamamokoen.com/

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